まるころブログ。

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変わり者アメリカ大学生の雑記。(ヘッダー画像作成中)

1+1が2じゃない世界ってどんなんだろう

1+1は2じゃないだろ!!

とかそんな強い主張をするわけじゃないです。

 

でもなんか最近、大学の授業で”定義”がどうのこうのうるさいんで、

定義のない世界を想像したくなりました。

 

まあ定義の原点といえば、1+1=2ですよね。

世の中は1+1=2という定義の上で成り立ってる気がします。

じゃあその1+1が2じゃなかったら、3だったら、100だったら、はたまた無限だったら、世の中はどんな感じになってるんでしょうかね。

 

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まず最初に”定義”とにらめっこしましょう 

そうめんどくさがらず、最後までお読みください。

いきなりですが1=2の証明をさせてください

a=b だとします。

  • a = b

両辺にaをかけます。

  • a= ab

両辺にaを足します。

  • a + a = a + ab

左側は同じ文字(a)なので普通に足します。

  • 2a = a + ab

両辺から2abを引きます。

  • 2a - 2ab = a + ab - 2ab

右側の同じ文字(ab)をまとめます。

  • 2a - 2ab = a - ab

左側を2で、右側を1でくくります。

  • 2(a - ab) = 1(a - ab)

両辺の同じ文字(a - ab)を約分します。

  • 2 = 1

あらびっくり、2=1になりました。

異論は認めます

上の2=1の証明を見て、

  • 数学とは縁の無い人生を送ってる人は「???????」
  • ちょっと数学に理解のある人は「え!なんで!」
  • ちょっと賢い人は「(a - ab)は0だから約分できないね」

なんて、いろんなことを思う人がいると思う。

 

まあ高校の授業では「(a - ab)は0だから約分できない」って教わったかな。

たぶんこれが一般的な否定。

他にも色々この証明の否定方法はあるのかもしれないけど、

とにかく、言いたいことは、

この証明もその否定も何もかも、

定義がある前提で話を進めてるんじゃないの?

 ってこと。

この証明はなんでもありなんですよ

2つの文字を使って定義と式を並べて頭良さそうなことやってるだけで、この証明はめちゃくちゃ。

a = bってなんだ。この証明をする上で基盤となる定義ってか?

aとbが同じならわざわざ2つの文字なんか使わないで全部aにしちゃえばいいじゃん。

ん?なになに?そうすると証明が成り立たないって?

 

じゃあこの証明を成り立たせるためにいくつか定義しましょうか。

  • a=bとするが、式中のaをbに、またはbをaに変えてはならない
  • 最後まで具体的な数字を代入してはいけない
  • たとえ数字を代入したら0になる文字でも約分することができる
  • 記号のこととかはあまり深く考えない

ここまで定義すればこの証明も成り立つかも。

否定する人だって定義に埋もれてますよ

「(a - ab)は0だから約分できない」

なーんてドヤ顔で否定した人もいるかもしれないけど、

結局それも定義なんじゃないの?

「0は約分できない」って定義しないと、数学の基盤がおかしくなってなんでもありになっちゃうから、そうやって定義するんじゃないの?

結局それも、1+1=2であり、1=1である数学の基盤となる定義を守るためにできた定義なんじゃないの?

2*0=1*0 

ここで0を約分しちゃったら2=1とかいう数学の世界ではありえないことが起こっちゃう。だから、それはだめだよって定義する。

いいじゃんね。0で約分したって。

 

あーやだやだ定義って。

 

もし、1+1が2じゃなかったら?

定義にうんざりしてきたところで、

そろそろ定義から離れてみましょう。

ド〜ラ〜え〜も〜〜〜ん

正直、こんな哲学的な記事を書き始めた自分を憎みたい。

この世の定義から離れた世界なんて想像できないよ。

「もしもボックス」があったらなあ。 

ド〜ラ〜え〜も〜〜〜ん

数字で考えてみる  

これはだめです。

ちょっと考えてみたけど、そもそも数字っていうのが1+1=2の定義の上で成り立ってるものだから、その定義を否定した時点で数字の存在も否定しないといけないね。

羊が1匹、羊が2匹、、、

そうやって物を数えてる時点で1+1=2の中に生きてるね。

全部が水みたいな世界???

水って面白い。

水の世界では1+1=1になる。(数字で考えちゃいけないのはわかってるんだけど、使わざるを得ない)

いくら水の入ったバケツがたくさんあっても、同じ容器に入れたら1つになる。

量は違うかもしれないけど、1つになることに変わりはない。

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だから、もし1+1=2っていう概念がなかったら、同じ物質は全部1つなのかもしれない。

1+1= 田!?

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これ考えたやつ天才。

全ての定義から逸脱したバカ。

正直、考えれば考えるほどわからなくなる。 

ごめんなさい。無理でした。

いくら考えても1+1=2じゃない世界は想像できなかった。

 

たぶんそれは1+1=2っていう概念が自然の理のように頭にインプットされちゃってるからなんじゃないかなあ。

1+1=2の世界で生まれて1+1=2って教わって生きてきたからそれ以上の発想は出てこない。 

 

じゃあ逆に、1+1=2だと思い込んでるから、それ以上にならないのかな。

今見えてる世界は1+1=2だと思い込んでるから見えてる世界なのかな。

 

でも歴史を遡れば1+1=2っていう概念を作り出した人はいるはずで、

それ以前に生きていた人には1+1=2の概念はなかったはず。

 

その人たちにはどんな世界が見えてたんだろう。

 

結論:定義に埋もれていた方が幸せ

考えれば考えるほど頭が痛くなるテーマについて議論してきてしまった。

結局1+1=2である世の中で生活してる人が、そうじゃない生活を想像しようとしてもできないみたい。

まあ確かに富裕層の人間は、貧困層の人間と関わったことがなかったら、貧困層の人間の生活のなんて想像できないだろうしね。

違う世界に生きてる人に見える世界なんてわかりっこない。

 

難しいことは考えずに、定義定義定義、定義に埋もれて生きていった方が楽だし幸せそう。

だって、そもそも生活しやすくするために、定義ってあるんだもんね!

 

定義ありがとう!!!

 

数字とか次元を超越した映画2選

考えても頭が痛くなるだけって言ったけど、実際に数字とか次元を超越した世界を描いてる映画がある。

ほんとこういう映画見ると、人類はまだまだ知らないことだらけなんだなって感じるよね。だからって自分がどうこうしたいとは思わないけど。

 

たくさんあるのかもしれないけど、中でもすごく上手く綺麗に描かれてると思う映画を2つ紹介します。

 LUCY(ルーシー)
 

人間の脳の限界を突破して、全てを制御する力を手に入れた女性の話。

物語の最後に彼女が数学や物理に関する常識を覆す理論を実証する場面は本当に美しい。

インターステラー
 

とあるパイロットが宇宙の特異点に到達して次元を超越して娘とコミュニケーションをとる話。

5次元の世界をここまで綺麗にはっきりと描いているのはこの映画だけ。

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